#06

Role of a Gaming Computer in an e-Sports.

クリエイティブなIT人材の育成を目指す、
近畿大学情報学部のビジョンと教育環境

今、日本ではサイバー空間と現実世界を融合させた超スマート社会「Society5.0」に向けた、官民一体の取り組みが進められている。しかしその実現を担う先端IT技術者が不足しており、育成が急務と言われている。「実学教育」を掲げ、多くの産学連携プロジェクトを推進する近畿大学でも、2022年4月に新たに情報学部を設立し、先端IT技術者の育成に取り組んでいる。そこで同学部のビジョン、教育環境について、情報学部学部長代理の井口信和教授、情報学部学生センター事務長の矢藤邦治氏にお話を伺った。

目的
Society5.0を担うクリエイティブなIT人材の育成
背景
先端IT人材と彼らを育成する教育現場の不足
効果
学生の創造力を刺激する環境を作り、あらゆる分野で活躍する人材を輩出する
井口 信和
井口 信和情報学部 学部長代理・教授

主な研究分野はネットワーク運用管理技術・セキュリティ演習支援システム・ネットワーク応用で、直近の業績では「MR 技術を用いた仮想ネットワーク環境構築システム」や「攻防戦型ネットワークセキュリティ学習支援システム」などがある。また現在、近畿大学CISO(最高情報セキュリティ責任者)、CIO(最高情報責任者)補佐、総合情報基盤センター長、情報学研究所長代理、デザイン・クリエイティブ研究所DXデザインセンター長でもあり、令和2年から21世紀教育改革委員会・ICT教育検討委員会委員長として授業のメディア化も担当。

矢藤 邦治
矢藤 邦治大学運営本部情報学部学生センター 事務長

1991年学校法人近畿大学へ入職。総合情報システム部では情報処理教育棟(KUDOS)の構築企画を担当し、理工学部・法学部事務部では学部運営業務に携わった。2019年情報学部設置準備室の事務長となり、情報学部の開設に尽力。

3つのコースの学生が刺激しあいながら、垣根を超えて学ぶ

近畿大学は1949年に大阪専門学校と大阪理工科大学を母体に設立された。「実学教育」と「人格の陶冶」を教育理念に掲げ、実社会で貢献する人材の育成に力をいれている。マンガ約2万2000冊を含む約7万冊の書籍を独自の分類で揃えた「アカデミックシアター」や、本格的なeスポーツイベントを開催できる「esports Arena」を設置するなど、従来の大学の常識を覆す先進的な取り組みをおこなっている。

そんな近畿大学が、以前から人気の高かった理工学部情報学科を母体に、2022年4月から新たに設置したのが情報学部だ。プレイステーションの開発者でコンピュータエンタテイメントの世界的第一人者、久夛良木健氏を学部長に向かえた新学部設立の意図を、井口教授は次のように語る。

「現在、日本と世界を取り巻く環境は大きな変革期にあります。日本はこれから第4次産業革命の技術革新をあらゆる産業や社会生活に取り入れることで課題を解決する『Society5.0』を世界に先駆けて実現する必要があります。そのうえでAIやビッグデータ、IoTを活用した革新的な技術の開発が不可欠です。ところが、その担い手となる先端IT人材は数十万人規模で不足しています。そこで本学としても、そんな社会の要請に応え、AIやビッグデータ、サイバーセキュリティに関する高度な知識と技術をもつ先端IT人材を育成すべく、新たに情報学部を設置することにしたのです」

情報学部は情報学科一学科からなる。さらにビッグデータの活用や最新のAI技術を学ぶ「知能システムコース」、最新のセキュアなネットワーク技術やサイバーセキュリティ技術を学ぶ「サイバーセキュリティーコース」、IoTやAI、サイバー空間を活用しながら実世界で新たなサービスやイノベーションを創出する人材の育成を目指す「実世界コンピューティングコース」の3コースにわかれる。

「情報学科では1年次に先端IT人材として活躍するうえで必要な基礎を一通り学んだうえで、2年次から各自の興味に応じてコースを選んでもらいます。ただ研究室にはコースに関係なく所属でき、授業もコースの垣根を超えて受けられます。専門の異なる学生がオープンにアイデアを出し合い、知見を共有し、刺激を受け合いながら学べる環境を用意しています」(井口教授)

近畿大学情報学部があるE館の様子
esports Arenaの様子

PC教室は用意せず、BYODですべての授業を行う

ここからは情報学部で学ぶ学生たちの教育環境、とくにPCの導入状況や活用について伺う。実は近畿大学では、基本的にPC教室は用意しておらず、全学部でBYOD(Bring Your Own Device)を採用しているという。

「近畿大学の授業は全学部、基本的にBYODを前提につくられています。情報学部は、理工学部情報学科の時代から20年経ちますが、最初からずっとBYODで運用しています。これからはどのような業界でも、クラウドで仕事をするのが一般的なスタイルとなります。また技術者が仕事をするうえで欠かせないツールであるPCは、自分専用のものを常に携帯し、いつでもどこにいても自由に使えることが大切だからです」

井口教授は、BYODを導入している理由をそう語る。ちなみに現在、情報学部ではBYODの機種として、入学前に指定のノートPCを学生に購入してもらっている。

「ノートPCを選ぶ基準としては、価格とバッテリーの持続時間、スタイリッシュで学生の受けがいいこと。さらにLinuxライクなコマンドを使えることも大きいですね。学生はキャンパスでは常に自分のノートPCを持ち歩き、授業も実習もすべて自分のPCで行っています。語学も含め、近畿大学の授業は自分のPCなしでは成り立ちません」(井口教授)

このように学生の普段の授業はBYODで行なっているものの、学生が自分では購入できず、普通は触れないようなハイスペックなPC環境を用意することも、大学の重要な役割だと井口教授は言う。

「技術者の仕事はコストや納期など、さまざまな制約があるなかで今、直面している課題を解決するためにベストなものをつくること。同時に、社会に新しい価値を生み出し、新しい世界を切り開くには、制約を一切とりはらい、ゼロから自由に考えることも大切です。大学ではこの両方の勉強、研究ができる環境を用意してあげなくてはなりません。ですからPCも普段、使うものとは別に超ハイスペックなものに触れる機会も必要です」(井口教授)

情報学部ではこのようなハイスペックなPCに関しては、それぞれの研究室で必要なものを独自に導入していると言う。

インタビューの様子
パソコンを操作している学生の様子

学生に最高の環境を用意することで、創造性を刺激し、新たな世界を開く

さらに学生に最高の環境を用意し、自由に創造性を発揮して欲しいとの思いから生まれたのが、2022年5月にオープンした「esports Arena」だ。eスポーツの本格的な大会やイベントを開催するための国内最高クラスの環境を整備したこの施設は、日本の大学としては初の画期的な試みだ。この施設には、最新のハイエンドゲーミングPC、マウスコンピューターの「G-Tune」が31台導入されている。

「この施設は学部を問わずすべての学生が利用でき、他大学の学生や社会人、高校生を含めたコミュニティーの拠点になることを目指しています。『G-Tune』はeスポーツの世界では圧倒的なブランド力をもち、学生からも人気があります。イベントのない日は学生たちが、目を輝かせてゲームを楽しんでいます」と、「esports Arena」の立ち上げに携わった矢藤氏は語る。

「『esports Arena』ではイベントの企画運営を通じて、学生たちに社会人として必要な企画力、交渉力、問題解決力、発信力などを磨いてもらうことも目指しています。『G-Tune』はハイエンドのゲーミングPCなので、こんなPCが大学にあるのはすごい、ゲームが快適に楽しめると、学生からは大好評です」(井口教授)

「esports Arena」はeスポーツを通じたコミュニティーとして、さまざまな業界の企業も巻き込んだ取り組みを進めていく。このように企業と連携した産学プロジェクトに力を入れているのも、「実学教育」を掲げる近畿大学の大きな特色である。

例えば近畿大学には、NTTドコモでi-modeを立ち上げ、現在はドワンゴやKADOKAWAの代表取締役社長を務める夏野剛氏が所長を務める情報学研究所がある。ここでは情報学部で扱う技術を社会に実装するための取り組みも進められている。

「近畿大学は幼稚園から附属大学病院まで備えた社会の縮図です。そんな大学内に、実地検証の妨げとなる規制のない特区をつくり、技術を社会実装に結びつける研究や取り組みを企業と連携して行なっています。さらにそこで得た最新の研究成果を、学部の卒業研究や学生の実習指導にフィードバックしています」(井口教授)

このような産業界とタッグを組んで先端的な取り組みを行う近畿大学情報学部から、今後どのような人材が誕生するのか、非常に楽しみだ。最後に井口教授に、今後の抱負を伺った。

esports Arenaに設置されているG-tuneの様子
インタビューの様子

「今は日本全国の大学がIT人材の育成に取り組んでいますが、本校では“クリエイティブ”なIT人材を育成することにこだわっています。学生に創造性、クリエイティビティを発揮してもらうには、やりたいこと、発想にリミットをかけない環境が大事です。それを用意してあげることこそが、大学の一番重要な役割だと考えています。今後も学生の創造性を刺激する環境整備に力を入れ、IT業界に限らず、さまざまな業界で活躍する卒業生を社会に送りだしていきたいと考えています」

記事内で紹介された製品

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