MUSIC VIDEO × CG ANIMATION
圧倒的な描写力で
拡張する、
繊細なる歌の世界
映像監督
森江 康太(MORIE Inc.)
音楽
ヨルシカ
楽曲「ノーチラス」
繊細に紡がれた歌の物語を、3DCGによってどう視覚化するか。ヨルシカ2枚目のフルアルバムにして、メジャーデビュー第一作となる「エルマ」。そこに収められた1曲「ノーチラス」の世界を、CGアニメーション界の若きフロントランナー・森江康太(MORIE Inc.)が描き出す。その制作現場を取材した。
完成したミュージックビデオ
映像監督
森江 康太
2016年にMORIE Inc.を設立し、ディレクター・CGアニメーターとして、CM、アニメ、TV、映画など、あらゆるジャンルの映像制作をディレクションから制作まで行う。監督としては、NHK連続テレビ小説「ひよっこ」タイトルバックや、日本橋高島屋S.C.グランドオープニングムービーなどを手掛け、CGアニメーターとしても、日清カップヌードルCM 「HUNGRY DAYS 最終回篇」など数々の有名作品に参加している。
徹底的にリアリティを追求し、アニメと実写の境界を超えていく
最初に「ノーチラス」という曲を聴いた時、曲全体の美しさに惹かれ、本当にいい曲だと思いました。この美しさを、映像としてどう描き出すか。音楽が主体のミュージックビデオである以上、映像作品としてやりたい表現を追求するのではなく、徹底的に楽曲に寄り添い、その曲の世界観を深めることに徹しました。
この「エルマ」という2ndアルバムは、1stアルバムから続く、エイミーとエルマという二人の少年・少女の物語がベースになっていて、ヨルシカのn-bunaさんからも、二人の物語を軸にした映像にしたいという要望がありました。二人の関係性はもちろん、苦悩するエイミーの心象風景や、タイトルの由来でもあるエルマの音楽への目覚めをどう表現するか、それが映像を作る上での大きなテーマとなりました。
と同時に、エイミーとエルマについて考えれば考えるほど、この二人は、ヨルシカの二人にも重なる部分があるのでは、という仮説に至りました。顔を出さず、姿の見えないヨルシカという存在を、アニメーションの世界の中で、現実の存在として感じさせることはできないだろうか。そこで、今回の映像のもう一つの大きなテーマとして、メタ構造的に隠されたヨルシカの存在が浮かび上がってくるような、徹底的にリアリティを追求したCGアニメーションを目指しました。
アニメーションの中に、いかにリアリティを持たせるか。アニメの表現では多くの場合、描写する要素をできるだけ簡略化することで現実から遠ざかる「引き算」の手法を取りますが、今回はまったく逆のアプローチを試みています。例えば、髪の毛1本1本まで見えるようなリアルな質感や、洋服のシワ、光と影の描き方、背景の建物や空の色など、細部まで妥協なく作り込むことで、あえてアニメと現実の境界を曖昧にしていく。
アニメなのか実写なのか分からない表現が見る人の想像を掻き立て、それが、エイミーとエルマの繊細な感情を描き出すと同時に、ヨルシカを実存として感じさせる鍵になると考えました。従来の作り方とは異なるため手探りしながらの制作になりましたが、新たな表現にトライすることで、今までヨルシカを見てきたファンの方々にも新鮮な驚きを与えるような映像になったのではと思います。
PCの性能が上がった今、すべてのクリエイターにチャンスがある
新しい表現にチャレンジをするときは、技術的な要求に耐えうるPC環境が整っているかが重要になってきます。僕らの場合は、CGで3Dのデータを扱いながら、同時に色をつけたり、形状を変えたりしていくため、ストレスなく作業するためにはハイエンドな環境が必要になってきます。
しかし、本当に大切なのは、クリエイターとしての力だと思っています。今、パソコンの性能は飛躍的に上がっていて、DAIVの10万円?20万円くらいの価格帯のモデルなら、プロが使うようなソフトも問題なく動きます。もちろん今回の映像も、間違いなく作れます。このくらいの価格なら学生にも手が届くだろうし、しかも3DCGのソフトが無料で使える。実際、中高生でも独学で3DCGを始める人たちが増えていて、どんどん3DCGの裾野が広がっているのを実感しています。DAIVのような、高性能でコストパフォーマンスが高いマシンが出てきてくれたことで、新しい才能にどんどんチャンスが広がっていることは、CG業界にとっても大きなメリットだと思います。
音楽
ヨルシカ
ボカロPであり、コンポーザーとしても活動中の
”n-buna(ナブナ)”が女性シンガー”suis(スイ)”を迎えて結成したバンド。
2017年より活動を開始。2019年4月に発売した1st Full Album「だから僕は音楽を辞めた」はオリコン初登場5位を記録し、各方面から注目を浴びる。
n-bunaが創る文学的な歌詞とギターを主軸としたサウンド、suisの透明感ある歌声が若い世代を中心に支持されている。
http://yorushika.com/
曲の世界観が、映像によって膨らんでいく新しい体験だった
「ノーチラス」という曲は、僕が大好きなジュール・ヴェルヌの「海底二万哩」という作品がモチーフになっています。ノーチラス号という潜水艦が海底からゆっくりと海面に浮上していく情景を、深い眠りからゆっくりと目覚めていく物語へと重ね合わせ、音楽をやめたエイミーと、音楽に目覚めていくエルマの物語が生まれました。この曲は、ヨルシカ結成当初からあった曲ですが、どのアルバムに入れるかずっと考え続けていて、今回の「エルマ」の構想を練るうちに、ようやく曲の立ち位置が見えてきて、今作に入れることに決めました。
そんな「ノーチラス」のミュージックビデオを作るなら、ぜひお願いしたいと思ったのが森江監督でした。森江監督は、僕が高校生の頃に強い衝撃を受けた作品を手がけていた方で、その頃からいつか一緒に作品を作りたいと思っていた方です。今回、ダメ元でお願いしてみたところ、快く引き受けてくださり、本当に嬉しく思っています。
森江監督の作る映像は、登場人物の動きや表情だけでなく、情景だけでも心理描写になるような世界観があって、とても美しい。特に、冒頭のシーンからラストへとつながっていく流れは、まるで短編小説のようで、本当に美しいと思いました。ファーストアルバムで描いたエイミーが音楽を辞めるまでの話と、今回のアルバムで描いたエルマが音楽を始めるまでの物語が、ひとつの映像に集約されていて、初めてコンテを見たときは感動しましたね。「ノーチラス」という曲が映像によって視覚化され、曲の世界観が膨らんでいく。この映像に感化されて、僕の中でもこの曲の新しい解釈が生まれ、アルバムの中での立ち位置も変わっていきました。音楽と映像のキャッチボールによって、物語が書き加えられていく過程は、本当に新鮮で、とても楽しい経験でした。
良い作品には、神様が宿る。僕は、常々そう信じていて、今回もそれを強く感じています。信念を持って作った作品には、漫然と作ったものには見えない光が存在する。今回その光を見ることができて、森江監督と一緒に作品を作れて本当に良かったと思います。これまでのヨルシカ作品を聴いてくださっている方はもちろん、ヨルシカを知らない人が見ても感動できる作品だと思います。
メイキングムービー
ミュージックビデオ制作工程
工程1:
プランニング
映像の世界観やストーリーを練る前に、約4分ある曲の抑揚などを図に表し、楽曲の構造を視覚化する。その上で、曲の流れに合うようにシナリオを考え、文章にして書き出していく。森江監督曰く「今回は、最初の着想を得るまでに数ヶ月かかりました。何度も何度も曲を聴くうちに、最初の1分間、朝焼けの中でエルマが1カットで歌っているシーンが思い浮かび、そこから一気にシナリオが完成しました」。
また、シナリオ制作と並行して、登場人物のキャラクターデザインにも着手。陰と陽の関係をなすエイミーとエルマの関係性を、髪型や服装などの違いから浮かび上がらせるなど、キャラクターの個性を設計する。
工程2:
コンテ制作
映像全体の流れを、コマ割りで構成する絵コンテ。いわば作品全体の設計図であり、コンテの良し悪しが映像のクオリティを左右する。この段階で、各シーンにおける色や光の当たり方、カメラのレンズやアングルに到るまで、ディテールを緻密に描き込むのが森江流。森江監督は、宮崎駿監督のコンテに強い影響を受けたという。「コンテを見ただけで、映像が浮かんでくるのが理想。スタッフとイメージを共有するためにも、この作業に仕事全体の半分を費やすほど、コンテを重視しています」。
工程3:
キービジュアル
CGやアニメーションを作る前に、映像全体のコンセプトを示すキービジュアルを制作。(今回は制作期間の都合上、プランニング?コンテ制作と同時に進められた)「ノーチラス」のテーマである「目覚め」の意味や、映像上での感情表現の方向性などを1枚の絵に込め、ヨルシカに提示。特に注力したのは、背景の描写。空の色や雲の形までCGで詳細に描くことで、リアリティに満ちたアニメーションの世界観を共有した。
工程4:
CG制作(モデリング?アニメーション)
CG制作は、モデリング、セットアップ、アニメーション、レンダリング、コンポジットの各工程に分かれ、それぞれ専門のスタッフがリレー方式につないでいく。
モデリングは、映像の素材となる人物や背景、小物などをCGに起こす作業で、リアリティを追求する上で鍵となるパート。例えばエイミーが滞在するホテルの部屋は、ベッドや机などはもちろん、壁紙や窓枠に至るまで、パーツごとに膨大な資料を集め、ディテールの質感を追求している。モデリング後、キャラクターの骨格を設計するセットアップを経て、実際にキャラクターを動かすアニメーションへ。
いかにリアルな動きを再現できるか。エイミーの路上ライブのシーンでは、森江監督自ら曲のコード通りにギターを弾く動画を撮影し、その映像をもとにアニメーションを起こすなど、細かな部分にも労を惜しまない仕事によって、キャラクターに命が吹き込まれていく。
工程5:
CG制作(レンダリング?コンポジット)
動かしたキャラクターに、色や陰影など、見た目の質感を与えていくレンダリングを行なった後、各素材を「ニューク」というソフトで読み込み、レイヤー構造的に重ねていくコンポジットを行う。素材の重ね方によって肌の色や陰影の印象などが変わってくるため、コンポジットは作品のクオリティを担う重要な工程となる。ディテールだけでなく、映像全体を俯瞰して作品の最終的な世界観を検証し、映像を見る人がもう一回見たいと思えるようなクオリティへと高めていく。
いかにリアルなCGアニメーションを生み出すか。今回は新たな技術的な試みとして、衣服の揺れやシワを専門にシミュレーションできる「マーベラスデザイナー」というソフトも導入し、洋服のシワや揺れにまでこだわった表現を追求している。細部にまで妥協のない森江監督のCGアニメーションによって、ヨルシカが歌う繊細な物語の世界が、圧倒的な情景とともに浮かび上がる作品が完成した。
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MORIE Inc.
CM、アニメ、TV、映画など、あらゆるジャンルのCG映像制作をディレクションからプロデュースまで手掛けるクリエイティブカンパニー。
http://morie-inc.com/ -
ヨルシカ
ボカロPであり、コンポーザーとしても活動中の”n-buna(ナブナ)”が女性シンガー”suis(スイ)”を迎えて結成したバンド。
2017年より活動を開始。2019年4月に発売した1st Full Album「だから僕は音楽を辞めた」はオリコン初登場5位を記録し、各方面から注目を浴びる。
n-bunaが創る文学的な歌詞とギターを主軸としたサウンド、suisの透明感ある歌声が若い世代を中心に支持されている。
http://yorushika.com/