ミュージックビデオの役割は、
音楽に寄り添うことじゃない。
映像監督
Yusuke Kasai (YAR)
アーティスト
SIRUP
シンガーソングライター・SIRUPの新曲『Evergreen』のミュージックビデオ(MV)制作を、DAIVが支援しました。監督は、クリエイティブ・スタジオ・YARに所属する映像作家のYusuke Kasaiさん。SIRUPのMVを手がけるのはデビューシングル『Synapse』を含め、4本目になるという彼に、今回のMVのねらいや、映像制作に取り組みはじめたきっかけ、DAIVを使用した感想などを伺いました。
すでに公開中のMVと、そのメイキング映像も合わせてお楽しみください。
MV制作ドキュメントムービー
『Evergreen』MVのねらいは、自然な表情を引き出すこと
今回のMVは、どうやってKYOtaroさん(SIRUPが以前に名乗っていたアーティスト名。古くから付き合いのある人物は、今も「KYOtaro」と呼ぶ)の自然な表情を引き出すかを考えてつくりました。前作『Do Well』のMVも監督させていただいたんですが、そこですごくいい笑顔が撮れて。その顔が基準にあったので、それと違う、でも同じくらい魅力的な表情を引き出すために知恵を絞りました。
自然な表情を見せる手法として、撮影の合間だったり、日常に密着したりしてオフカットを切り集めてつくる方法もあると思うんですが、そういうものにはしたくなくて。かといって、「こういう顔をしてください」とお願いして撮ると、自然な表情になりません。あくまでアーティストとして、真面目にリップシンクしているなかでの表情の変化を収めたいので、それを実現するためにシチュエーションだったり、撮影方法だったりを工夫しています。『Do Well』の場合は、熱帯植物が繁るジャングルのなかで歌ってもらいました。場面のおかしさというか、ミスマッチ感をつくり出すことで、思わずこぼれる笑顔を撮ったんです。
Kasaiさんが過去に手掛けた作品
『Synapse』 MV
『Do well』 MV
アイデアの源泉は、GWの帰省
アイデアを思い付いたのは、僕自身がゴールデンウィークに実家に帰って家族と接したことがきっかけです。久しぶりに会っても、家族だからすぐ気を許せるし、表情も緩んでいるのに気付いて。そんな家族がカメラを持って自分を撮ったら、きっと笑っちゃうだろうなと考えたんです。
そこからアイデアを練って、曲の1番はプロのカメラマンが撮って、2番はKYOtaroさんのお母さんとお兄さん、それと古くからSIRUPの作曲やプロデュースも手がけている森善太郎さんにバトンタッチする構成にしました。実際に撮ってみて、ねらい以上にいい表情が引き出せたなと感じています。撮影する前は、ちょっと心配もあったんです。おもしろいのは最初だけで、テイクを重ねる間に慣れてきちゃうかもって。全然、そんなことはなかったですね。お母さんもお兄さんも、機転が利く方で、いろんな方法でKYOtaroさんをノセてくれました。思った以上のものが撮れたので、今回は表情が分かるヨリのカットを多用しています。絵として考えれば、空間の大きさを見せる広角のカットもほしいところですが、今回は表情優先で仕上げました。
もう1つ工夫したのが、機材選びですね。曲のタイトルが『Evergreen』で、「不朽の名作」みたいな意味合いなので、時代を越えていく価値を表現したくて。普通のMVに使われるプロスペックのカメラに加えて、iPhoneと、あとは家庭用のハンディカメラと、新旧の機材を織り交ぜて併用しました。どれもKYOtaroさんの世代が、生まれてから出会ってきたであろうカメラですね。質感的にもおもしろいものになったと思います。
音楽と映像を一致させても意味がない
僕のMVのつくり方は、大きく分けて2種類です。1つは、今回のようにアーティストの表情を引き出すやり方。繰り返しになっちゃいますが、「この表情をください」と指示しちゃうとおもしろくないので、自然に表情が出てしまうような方法を考えます。
もう1つは、曲の意味を解釈して、その世界観を絵として表現するというやり方です。ここで気を付けているのは、音楽を追いかけすぎないことです。分かりやすい例だと、歌詞に出てくるモノやシーンをそのまま映像で再現していくようなことはしたくなくて。歌詞だけじゃなく曲調もそう。明るい曲だからといって、映像も明るくしようとは思いません。アーティストは、音楽を作る前にテーマやメッセージがあって、それを表現する方法として曲や歌詞をつくっているはずです。悲しいことがあったとき、あえて楽しげな曲をつくるということもあります。そこにそのまま楽しい映像を付けても、あまり意味がないんじゃないかと思っていて。もちろん、根底のテーマは一致していないとチグハグになりますが、音楽は音楽、映像は映像で違う表現をしたほうが広がりがあると思うんです。
VJ活動からハマった“映像遊び”
映像制作に携わりはじめたのは、大学生のころです。映像学部とか芸術学部とかではない、普通の学部だったんですが、8mm同好会に入っていて。両親やおじいちゃんの影響で、映画が好きだったんです。ただ、つくることが楽しいなと思ったのは、映画づくりじゃなくてクラブでのVJ活動でした。映画って、最初の構想から作品が出来上がるまでにものすごく時間がかかるんですよね。同好会でも自主映画の上映会をしていましたが、半年に1回のペースで。本格的に取り組む前に、VJやらないかって誘われて、そっちにハマった感じです。
VJは映画とは真逆で、思い付いたものがカタチになるまでのスパンが短くて。森の映像を出してみたいなと思ったら、撮りに行ったり素材を買ったりして、その日のうちに編集していました。イベントもしょっちゅうあるので、すぐに観客に見せられて、反応もその場で分かりやすく返ってくる。映像遊びというか、いろんな表現を実験的に試してみることに向いていて、それが楽しかったですね。
映像を仕事にするようになったきっかけも、一緒にVJをしていたアートディレクターの誘いがきっかけです。編集の仕事があるんだけどやらないかと声をかけてもらって、2本のMVに関わった後、そのつながりから映像制作会社に編集マンとして入社しました。映像で食べていこうと決意したことはないんですが、好きなことをやっているなかで縁があったという感じです。
PCパワーが、クリエイターの発想を加速させる
MVはそこそこの尺があるので、VJほど遊べないものですが、今回DAIVをお借りしてみて、マシンスペック次第ではいろいろチャレンジできるかもと思いました。長尺の映像は素材データの数が多いし、1つ1つのデータも重くなりがちなので、どうしても処理時間が長くかかるんです。色調を変えるにしても、カラコレする度にレンダリング待ちが発生します。僕が普段使っているPCでは、待ち時間が数十分単位になります。そうなると、アイデアがあっても気軽には試せません。
DAIVでは、その時間がかなり短縮できました。具体例を挙げると、同じレンダリングにかかる時間を自分のPCとDAIVとで比較してみたところ、前者では29分30秒かかり、DAIVでは5分で済みました。これくらいの時間なら、思い付きレベルのアイデアも試してみようと思えました。後悔しているのは、お借りしたPCにSSDが搭載されていることに気づかず、外付けのHDDを使っていたこと。SSDならもっと速くなるはずですよと後から聞いて、失敗したと思いました(笑)。
PCパワーがどんどん進化してレスポンス速度が上がれば、映像表現も変わってきそうだなと思います。楽器の演奏なら、リアルタイムな感情を音に反映できるじゃないですか? ドラムの人が怒ったときに強く叩いて強い音を出すように、映像でも感情を即時反映できるようになったらおもしろそうだなと思います。
新しい可能性を感じた今回の取り組み
MVは何本もつくってきましたが、企業のサポートを受けての制作は初めてで新鮮でした。こういう組み方ができると、チャレンジの幅が広がるなと新しい可能性を感じましたね。MV制作って、多くの場合は予算があまり潤沢じゃなくて。たとえば機材を選ぶにしても良いカメラを使うと照明の人数を減らさないといけないとか、切り詰めたやりくりをしながらつくることがほとんどです。制限があるなかでいいものをつくっていくのも、僕らの力の見せ所ではあるんですが、その制限が小さくなれば、音楽に対して一番いいアプローチを考えられます。今回、お母さんやお兄さんにご協力いただくためにも、KYOtaroさんの地元の大阪で撮影しましたが、これも予算があったからこそできたことですし。ぜひ、こうした取り組みが増えてほしいなと思います。
MV以外では、ドキュメンタリー映像に興味があります。普段は、テーマに合わせて演出をした、いわばつくった映像です。素の表情を撮るにしても、設定やとり方には演出が入っています。一度そうじゃない、記録としてのリアルな映像を撮ってみたくて。近い内に、チャレンジしてみたいですね。
完成したMV
映像監督
Yusuke Kasai(YAR)
アートディレクション、グラフィックデザイン、映像の企画 ・制作などを行うクリエイティブ・スタジオYARに所属する映像ディレクター。今回制作した『Evergreen』の 他、手がけたMVには1stシングルである『Synapse』やYouTubeの再生回数が300万回を越えている『Do Well』などがある。
アーティスト
SIRUP(シラップ)
ルーツであるR&B/ソウル、HIPHOPなどをベースにジャンルを超えて様々なクリエイターとコラボし、新しいものを生み出していく。
その変幻自在なボーカルスタイル、五感を刺激するグルーヴィーなサウンド、そして個性的な歌詞の世界観でリスナーを魅了する。
SIRUPは、Sing & Rapからなる造語。